ヨガを極める㉜

ハタヨガの極致を越えて

ラージャヨガはハタヨガの最高点を越えたところへ私たちを導くのでしょうか。ラージャヨガはシバ、ブラフマン、アートマン、自己、宇宙の意識の実現を意味します。ハタヨガも同じ経験です。しかし、それは本源のシャクティにおける反映からです。

ラージャヨガの最も高い状態においてシャクティの反映はありません。そこではシバとシャクティは均衡しています。ハタヨガはこれを経験する手段で、一方シャクティが道具です。

ハタヨガを通して、unmani avasthaを達成できます。Unmaniは制限された心の働きが止まった時の状態です。Avasthaは努力して得られる状態です。しかしそれは永久的ではありません。ハタヨガはunmaniの状態を引き起こすが、それが確立されるまでハタヨガのレベルにとどまり、ラージャヨガを達成できていません。

すべてのハタヨガのプロセスはラージャヨガ、サマーディを達成するための手段です。ラージャヨガを達成した者は時間(死)を超越する勝者です。

ハタヨガはアジュナチャクラにおけるイダー、ピンガラー、そしてスシュムナーの結合で完成します。一方で、ラージャヨガはこれを越え、クンダリーニがサハスラーラに到達した時に最高潮に達します。

瞑想へのアプローチ

ラージャヨガとハタヨガのメディテーションへのアプローチの違いは何でしょう。

ラージャヨガにおいて私たちは心と戦わなければなりません。すべての心の変動は制御されなければなりません。深い集中、安定したアーサナ、プラーナーヤーマによって、心が逃げ回るときはいつでも、それを引き戻さなければなりません。心に変動が起こるときはいつでも、心を静めなければなりません。これはプラーナの力と心の力の両方の変動を制御することを意味します。

ハタヨガにおいて、脊柱に2つのナディーがあると言われます。それらは右側と左側から、そして下から上へと流れています。一番下が尾骨で、一番上が延髄です。これらのナディーはある種のエネルギーと力を運んでいます。

それらは2つの異なったタイプの力を運びます。これらの力は身体全体に送られます。イダーとピンガラーナディーはこれらの2つの力に使われる専門的な名前です。ある時は右が流れ、他の時は左が流れます。10から20分間、それらが一緒に流れる時、瞑想状態が自然に起こります。結局、ハタヨガでは心と戦おうとはせず、プラーナを重視し、自然な瞑想の状態を導こうとします。

プラニックボディとサイキックボディ

ハタヨガはプラニックボディを調和させます。一方でラージャヨガはサイキックボディを調和させます。

ハタヨガとラージャヨガの理論の研究は、人間の身体以上の面を対象とします。それらはまた性質の微細な面を扱います。ハタヨガは、プラーナの構造、生理学的なシステムにおけるプラーナの流れを調和させることを目的としています。それは様々なレベルにおける進化を促進するために身体、脳、プラーナ、そして心を調和します。

ラージャヨガはサイキックボディの訓練の構造を提供します。外的な構造への意識とともに、微細な精神的な構造への深い意識があります。

ヤマとニヤマ

人々がヨガや瞑想を始める時、彼らはできるだけエネルギーの浪費を止めようとします。そのために通常、ヤマとニヤマの実践が勧められます。しかしもちろんすべての人がそれらを訓練できるわけではありません。

もし人生ですべてが表現されたなら、ヤマとニヤマは自然に起こるでしょう。もしある人が無理にそれらを開発しようとしたなら、良いことよりも害のほうが大きくなるでしょう。多くの人がヤマとニヤマを行おうとして、自分自身を厳しい状況へ追い込んでいます。

正直であることは悪くありません。そして非暴力でいることは悪くありません。しかし時々、私たちは人生において起こる感情的な状況を扱うことができません。したがって、こうした状況を扱うために、最初に身体全体とナディーのグループ全体を浄化します。調和と均衡が心とプラーナの力の間に作られた時、ラージャヨガにおける偉大な規律がとても自然にできるようになります。

ヤマとニヤマを私たちの自然な表現にするためにハタヨガの訓練を行います。身体全体にインパルスを運ぶ72,000のナディーの浄化、そして6つのハタヨガの浄化技術が精神生物学的な調和を創造します。そして、その調和は私たちの自発的な肯定的行いを生み出します。

精神生物学的なシステムの構造において大きな変換が行われると、私たちは無理にではなく平安になります。非暴力や溢れる愛や理解が自然な性質になります。

同じように身体が浄化された時、brahmacharyaの訓練も強制する必要はありません。精神と感情の構造が、イダーとピンガラーのバランスによって適切に調整されます。そうするとbrahmacharyaが意識の自然な表現になります。それを訓練する必要はなく、自然な性質になります。

これがハタヨガの訓練を通して開発されるヤマとニヤマの形です。