ヨガを極める㉕

ヨガと人生における調和

様々なヨガの支脈

人間の存在は身体、感情、精神、そして知性の組み合わせなので、実際ヨガの5つの主な道をすべて一緒に訓練することがベストです。ジュナーナヨガやハタヨガ、もしくはバクティヨガなどだけを訓練し、その道が最高だと明言するといった偏った道を進むなら、進化に関する限り大きな間違いをします。あるヨガのシステムの権威になるかもしれませんが、内的自己の開発や進歩という点に関して偏ってしまうでしょう。

アンバランスな開発をさけるために、ヨガ訓練を総合的に行う必要があります。人間は活動的な性質を持っています。また感情的、精神的、そして合理的でもあります。ある人は合理性が優位で、他の人は、精神、感情、活動面が優位です。

個人の性質の優位な面に合った道を歩むべきです。ある人はラージャヨギー、バクティヨギー、もしくはカルマヨギーかもしれません。そしてそのヨガとともにヨガの他の形もまた訓練すべきです。

Swami Sivanandaは、様々なヨガの組み合わせを実践することで性質のすべての面を扱う”integral yoga”と呼ばれるものを固く信じています。彼は私たちは仕え、愛し、瞑想し、認識すべきだと言っています。これらは活動、献身、内観、そして探求の4つの異なった面を包含しています。

ある人はヨガのアーサナを過小評価します。そして他の人はそれを過剰評価します。その価値は人間の精神的な進化に関連して評価される必要があります。多くの人はヨガはアーサナだけを意味すると信じています。一方で、ヨギーや精神的な指導者は、アーサナの肉体的な訓練は自己実現のために必要ではないと宣言します。これら両方の見方は極端で、アーサナは完全に重要でもなく、不必要でもありません。

ジュナーナヨギーは、もし教典の知識を通してだけで、自己知識を得られると考えるなら間違っています。同じように、瞑想の力だけを開発し、身体を無視するなら、ラージャヨギーはゴールに到達することはできません。彼の訓練は身体の病気によって邪魔されるでしょう。バクティヨギーはいつも献身と放棄の力を信じすぎています。ハタヨギーは、すべてが内側にあるなら、それを肉体的な訓練をとおして引き出すことができると信じています。

これらのすべての観点は未熟さと公認されていない声明を基にしています。ジュナーナヨガ、バクティヨガ、ラージャヨガ、そしてハタヨガは、4つの異なった道ではありません。これらすべてのヨガは一緒に訓練されなければなりません。

すべての精神的な探求者はどの道に従おうと、アーサナの訓練をする必要があります。アーサナはラージャヨガもしくはハタヨガだけの為のものではありません。すべての人類にとって必要なものは大なり小なり同じです。個人の習慣や傾向に合わせて、少しの量や質の変化はあるべきでしょう。ヨガへの道の階段は徐々に上らなければなりません。

ヨガにおける人生の調和

ヨガの訓練は大きく3つのカテゴリーに分けることができます。それは身体、心、そして精神です。

身体の訓練において、身体の調和と健康増進のためアーサナとプラーナーヤーマの訓練があります。心の訓練では、心の調和のためにマントラ、ヤントラ、プラチャーハーラ、そしてダーラナがあります。

精神的な訓練において、クリヤーヨガ、クンダリーニヨガ、ナダヨガ、そしてラーヤヨガがあります。これらは意識の超越的な状態を経験するために、精神の調和と感覚と感受の強化を行います。

身体のためにアーサナの訓練をしたり、カルマヨガのような他の技術を行っても、訓練の目的は人間社会やコミュニティへの優れた貢献者になることです。

バクティヨガは感情や気持ちを正しい方向へと導くために訓練されます。結果として彼らは社会的な条件付けなく表現ができます。ジュナーナヨガは、異質な考えを頭に詰め込むためでなく、実践的に知識を経験する目的で訓練されます。クリヤーヨガは内的存在の知覚を深めるために訓練されます。結果として、すべてのレベルでの調和が達成されます。