ヨガを極める57

プラーナと心

プラーナと心の関係

プラーナと心は、お互いにどのような関係になっているのでしょう。

プラーナと心は、お互いに密接に関係しています。それらは、支持者と支持される者の関係にあります。それらは、花とその香り、ゴマとごま油のようなものです。

もしプラーナが制御されれば、心もまた制御されます。もし心が制御されれば、プラーナは自動的に制御されます。どちらか一方が消えれば、もう一方は存在することができません。もし心とプラーナが存在しなければ、思考がまったくなくなります。

これはハタヨガにおける非常に重要な考えで、ハタヨガがなぜ心ではなくプラーナを重視するかの理由です。

プラーナの重要性

個人のプラーナを目覚めさせる重要性は何でしょう。

ヨガでは、スピリチュアルな生活における進歩のために、集中すること、瞑想すること、そして訓練することを学ぶのは素晴らしいと考えます。しかし、私たちはプラーナの力を目覚めさせなければなりません。プラーナの力の目覚めは、心の制御の前に起こります。

 

ヨガにおける精神的な進化

精神的な進化は、個人の知覚の進行を解消しようとするので、心の退化の過程です。その過程は、意識的な経験でなければなりません。さもなければ、単純に深い眠りに入るでしょう。

心と身体の、微細で基本的な構造において働くことによって、心を構成する原理が、徐々に崩壊します。シャットカルマ、アーサナ、プラーナーヤーマ、ムドラー、そしてバンダを通して、生理的そして微細な要素が制御されます。

Chittaは2つの意味があります。それは、個人の意識や記憶を意味する心を示します。制限された心もしくは制限された意識全体が考えられます。制限された心全体を解消するために、それを構成する要素を分離しなければなりません。心を構成する要素が分離されたとき、もはや制限された知覚は存在しません。

イダーナディーは、意志と欲望の力を伝えます。ピンガラーナディーは、行動するための力を分配します。もしこれら2つが機能していれば、個人の心と身体の日常の経験が維持されます。もし、それらが分離されれば、深い眠りに入り、意識と活動はありません。もし、それらがスシュムナーと接続されたなら、意識と活動が行われます。しかし、それはもはや個人の身体と心に制限されることはありません。

感覚の経験は、意識がシャクティによって感覚器官へ運ばれたときに起こります。もし、シャクティが意識を運ばなければ、感覚的な経験はありません。もし、チッタシャクティを送る力がなければ、感覚器官は機能しません。

チッタシャクティを動かす原動力は、欲望と意志です。それは邪悪な循環です。印象と深く根付いた欲望が、感覚器官を動機付け、そして感覚器官が記憶とつながることによって、より多くのサムスカーラを生み出します。

深く根付いた印象が根絶されたとき、心が直接、心を通して制御されます。これが達成されるまで、感覚器官を抑制することによって、プラーナの流れを制御する必要があります。

5つのプラーナの役割

心との関係における5つのプラーナの役割は何でしょう。

常に身体で働いているパンチャプラーナとして知られている5つの基本的な力があります。これら5つの領域が、身体の様々な働きを行うようにしていると考えられます。これら5つの力は、また心に影響を与え、そして影響され、微細なレベルで働きます。

5つのプラーナは、身体と心のレベルのバランスを維持します。それらの身体の場所は、身体の機能に関連しています。しかし、それらは、心と意識のより微細なレベルにおいて、より均質に働きます。

Prana(プラーナ)は、パンチャプラーナの最初です。このプラーナは、すべてに浸透する生命の力と区別するためにグロスプラーナとして、また知られています。グロスプラーナは、横隔膜と首の根元の間の胸郭の領域に存在するエネルギーの流れに関係します。それは、胸の領域において上方へ動く光の粒子の形で経験されます。

心のレベルで、プラーナは、印象や考えの受け入れに責任を持ちます。プラーナはすべてのコーシャに活力を与え、そしていつも活動しています。それはアナーハタからビシュディチャクラの領域に広がっています。

プラーナの力が、強くスムーズに流れているとき、強さ、勇気、そして寛大のような心のより純粋な質が表現されます。このプラーナは、心の集中と直感的な知識が経験されるエネルギーです。それは精神の知的なエネルギーを持ち、心臓にとどまります。このプラーナを高めることによって、ヨギーは精神領域に到達します。

プラーナは、ガイドで精神の実現の媒体です。心のレベルで、もしプラーナの通路が綺麗でなければ、私たちは肯定的な印象をもたらすことができません。そして、集中したり直感的な知識にアクセスすることが難しくなります。

Apana(アパーナ)は、2番目のプラーナで、おへそと会陰(えいん)の間の領域で働きます。アパーナは、身体のこの部分において下方へ動く光の粒子の形で経験されます。アパーナは、コーシャを通してエネルギーを押し下げます。

心のレベルで、アパーナは否定的な考えや感情を取り除きます。アパーナが不調和なとき、重力によって引き下げられる感覚、憂鬱そして無気力があります。

Samana(サマーナ)は、3番目のプラーナです。それはおへそと横隔膜の間で機能します。サマーナという言葉は、等しい、もしくは、調和したを意味するsamanから来ています。従って、それはプラーナとアパーナの2つの異なった力のバランサーとして働きます。

サマーナは、コーシャの結合と均衡を維持します。それが食べ物の消化を助けるように、サマーナは、また心の部分の消化に責任を持ちます。サマーナは、心の平安と調和が阻害されたときに妨げられます。

Udana(ウダーナ)は、4番目の現れで、腕、足、首、そして頭で働きます。このプラーナは、すべての感覚器官と行動の器官の原因となります。ウダーナは私たちに肯定的な心の活動を促します。それは汗、代謝、そして印象的な話に責任を持ちます。それは、頭と心臓の間のプラーナの交換を可能にします。ウダーナは光の渦の流れとして経験されます。

ウダーナはアジュナ、ビンドゥ、そしてサハスラーラチャクラに広がっています。ウダーナの活動は、瞑想、そしてサマーディの間、極端にゆっくり、そしてかすかになります。不規則なウダーナは、呼吸の乱れ、身体と心の働きの不効率、不明瞭な思考や表現、順序立てられていない話、弱い意志、そして喜びの欠如をもたらします。

Vyana(ヴャーナ)、5番目のプラーナは、身体全体に行き渡り、予備のエネルギーとして活動します。それは他のプラーナが要求するとき、すべての他のプラーナを助けます。

ヴャーナは、5つのコーシャを通しての循環をもたらし、それらの区分に責任を持ちます。それは身体を通した意識の乗り物です。その素早い動きのため、それは心を興奮させ、そして惑わします。意識の動きは、そのような時に激しくなります。ヴャーナが不調和なとき、調整のなさ、興奮、人とのコミュニケーション能力の欠如があり、そして、心が不安定になります。

バガヴァットギータの第4章で、クリシュナは、アジュナにラージャヨガとハタヨガを教えています。彼の基本的な助言は、プラーナをアパーナと、もしくはアパーナをプラーナと結びつけることです。

プラーナとアパーナ、もしくはアパーナとプラーナの結合は、ヨガの訓練を通して達成されます。プラーナーヤーマが訓練されるとき、プラーナとアパーナの結合がアジュナチャクラで行われます。

プラーナとアパーナの結合は、ヨガの最も重要な目的のひとつです。訓練者がこれら2つの力を導くことができるまで、2重性の影響を受け続け、そして心は散乱したままです。

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